武蔵美人むさびと

企業で活躍する若手 OB・OG 紹介 “むさびと”

株式会社船場成富法仁
株式会社船場成富法仁
株式会社船場成富法仁

取材:2015年5月

成富 法仁(なるとみ・のりひと) 2004年、建築学科卒業。
株式会社船場に入社後、首都圏の商業施設の店舗やコンベンションのブースデザインで多くの実績を重ねる。
『DSA空間デザイン賞』、『日経ニューオフィス賞』など受賞歴も多数。
最新作である小田急百貨店 新宿店内の書店『STORY STORY』も、大きな話題を呼んでいる。

先例がない案件ほど、面白い
既存のイメージを軽々と超えて

 「よく分からない案件ばかりやっている気がしますね」。オフィスや商業施設の空間デザインを手がける株式会社船場で、デザイナーとして活躍する成富さんから開口一番飛び出したのは、そんな言葉だった。
 「どういうわけか僕に声がかかるのは、本来のイメージや機能から逸脱した案件が多いんです。カフェかなと思ったら銀行だったり、一見バーみたいなスモーキングルームだったり。先例がなくてゼロベースから考えるというのは、難しくもあり面白くもあり、ですね」と、成富さんは小さく唇の端を上げた。

 成富さんが例に挙げた“カフェのような銀行”とは、デザインウィーク in せんだい 2013で『デザインウィーク大賞』を受賞した、荘内銀行泉中央支店・通称『Q’s LIVING』のことだ。
 東日本大震災で被災した仙台市郊外の店舗を移転新設するにあたって、クライアントが求めたのは“非目的客との接点をつくる空間”だった。
 通常、銀行というのは口座を開いている人が利用することを想定しており、機材の配置などの都合もあって、どの店舗も似たような雰囲気になりがちだ。
 しかし『Q’s LIVING』は違う。青々としたグリーンに木の香りが清々しい内装。点々と置かれた色鮮やかなソファを、モダンなライトが照らす。人気のカフェか、はたまたリゾートホテルかといった雰囲気のこの空間が、地方銀行の一支店であるとはちょっと予想できない。
 「この銀行は山形の企業で、支店ができるのは宮城県・仙台近郊の高級住宅地。都市銀や地元の銀行の勢力が強いエリアで存在感を示し、新たな顧客候補を呼び込むためには、銀行という既成イメージの枠を超えなくては…と、クライアントと共に考え抜いたプランなんです」。
 この案件によってクライアント、利用者、そして空間デザイン業界から高い評価を受けた成富さんは、次なる試みを盛り込んだ店舗など、意欲的な新案件を託されている。

リビングルームのように、くつろぎとパーソナル感を兼ね備えた空間としてデザインされた『Q’s LIVING』。
誰もが気軽に立ち寄れるオープンさと、じっくり話しあえる対面ブースが、美しく同居している。
竣工写真撮影: © 青木勝洋写真事務所

注目・集客・売上 期待と使命に応えるデザインを

 ビルやフロア丸ごとの大規模案件から、こじんまりとしたテナントまで、成富さんが手がける多種多様なデザイン。それらすべてには、共通するテーマがある。
 「商品やサービスを提供する場なのだから、まず多くの人の目に留まることが大前提。その上で、ただかっこいいだけではなく、その先のミッション…集客や話題づくり、売上といった課題にも応えなくてはならない。だから、今後磨きたいと思っているのは経営感覚ですね。デザインと数字をきちんとつなげたい」と、意欲を語る成富さん。
 その一方で、ずっと大事にしている、ファジーな感性もあるという。
 「僕は武蔵美時代から、いろんな人から意見を求められる方でした。これどう思う? と相談される時、相手が僕に期待しているのは、多分ポエティックな解釈なんです。道筋や論理が通っていてもそれだけじゃなく、夢やストーリーといったプラスアルファがないと、人の心は動かないから。
 僕はこれを“心に鳥肌が立つような”といっているんですが、この感覚こそが、気になる、覗いてみたい、入ってみたい、ここでなにかを得たい、そんな気持ちを刺激する空間を生み出す源泉なんじゃないかな」。
 クールさと詩情が共生するデザイナーの頭脳から、次はどんな“枠を超えた場”が飛び出してくるのだろう。

上司が語る武蔵美力

野田雄三
難物件を託せる“深み”
野田 雄三

第1事業本部
設計エンジニアリングディビジョン 設計部
プリンシパルデザイナー

 仕事に対するガッツの表れだったと思いますが、新人の頃から、上からの指示にも納得がいかなければすぐには頷かないようなところがあり、なかなか気難しいタイプでした。そんな彼もキャリア10年目。センスの良さはみな認めていましたが、最近ではクライアントに関わる社会情勢をしっかりチェックして打ち合わせに臨むなど、人間性に深みが出てきましたね。難しい案件も、安心して託せるようになりました。