武蔵美人むさびと

企業で活躍する若手 OB・OG 紹介 “むさびと”

松竹衣裳株式会社船間友紀
松竹衣裳株式会社船間友紀
松竹衣裳株式会社船間友紀

取材:2012年6月

船間 友紀(ふなま・ゆき) 2008年、工芸工業デザイン学科卒業。
クラフトデザインコースでテキスタイルを学ぶ。
芸術祭で友人とともに企画したショーで、衣裳制作を担当したことから 舞台衣裳に関心を持ち、松竹衣裳に入社。
現在、歌舞伎で用いられる 肉襦袢“着肉”の制作を担当している。

舞台の上で躍動する役者
その“肉体”をつくる、という仕事

 「知らざあ言って聞かせやしょう」
 小気味よく響く名台詞。花道を照らすスポットライトの中で、眼光鋭く切られる大見得。日本人の心意気を込めて演じられる歌舞伎は、わが国を代表する伝統芸能だ。
 船間さんが飛び込んだのは、この華やかな舞台を支える裏方の世界。大道具、小道具、照明、床山、そして衣裳。その中でも“着肉(きにく)”と呼ばれる肉襦袢をつくる職人として、船間さんは、縫い、染め、そして描く日々を送っている。
 「着肉というのは、役者さんが役にふさわしい体つきになるために身にまとう肌色の襦袢です。隆々とした筋肉が盛り上がる“筋隈(すじくま)”や、演目に応じて決まっている “彫り物”。着肉はキャラクターのアイデンティティであり、舞台の上では役者さんの肉体そのものなんです」
 船間さんがまず教えてくれたのは、おそらく多くの人が初めて耳にするだろう、歌舞伎独特の言葉だった。
 「たとえば弁天小僧なら、波に桜。絵柄は決まっていますが、役者さんによって体つきや演じ方は違います。先輩と相談し、役者さんの感想を聞きながら、どう縫い、どう描いたら一番舞台映えするか、動きやすいかを考えて仕上げるのが腕の見せ所ですね」
 小さな手が握る筆先から、緋色のぼかしも鮮やかな、逞しい筋肉美が浮かび上がっていく。

(写真左)使い込んだ筆先から生まれる、“筋隈”のふわりとしたぼかし。
袖からちらりと覗く印象まで考えながら描かれている。

果てなく深い伝統芸能の世界
技術と知識の習得は、一生続く

 「元々縫うこと、描くことは好きでしたが、歌舞伎の世界は奥が深いので…とにかく、手を動かして、試して、直しての繰り返しの中で、コツコツと技術を身につけるしかないんです。休日には図書館に行って文献を読んだりもしていますが、まだ関わったことのない演目も多いですし、一生続けても、学びきれるかどうか」
 つくる技術と、学ぶ意欲。どちらも求められる上、舞台はあくまで待ったなし。役者が舞台で輝くため、そして開幕を待つ観客のため、地道な学びと、根気のいる作業を積み重ねていく…それが船間さんの選んだ仕事だ。
 「自分に脚光があたることはないけれど、人の身に触れて、人の輝きを引き出すようなものをつくりたいと志した舞台衣裳の世界です。学生時代、夢中で学んだ染めや織りの技法や、つくるものに確かなコンセプトをもて、という武蔵美の教えがいかせる仕事に就けて、とても嬉しい」と船間さん。武蔵美での学びの先に、歌舞伎の長い伝統と技が、着実に蓄積されていく。
 この日、手掛けていたのは、入社1年目につくらせてもらったものの、役者の身体に馴染まずリテイクを出されたことがある、という『夏祭浪花鑑(なつまつりなにわかがみ)』の着肉。
 「短期間で手直ししなければならず、本当に大変だったけれど、今となってはいい経験だったと思います。経験を重ねた分、1年目と比べたら今年はもっといい作品ができるかな」と、はにかむ笑顔の向こうに、奥深い伝統芸能の世界に挑む、あくなき向上心が見えた。

『夏祭浪花鑑』の主人公、団七がまとう唐獅子牡丹の“着肉”。
色白の肌に深い藍色、ハッとするような紅が、義侠心に富んだヒーローの心意気を表す。

上司が語る武蔵美力

葉山かず子
めざすものに手が届くまで努力を続ける才能
葉山 かず子

取締役
制作管理部長

 入社面接の時、彼女が持ってきた「光を透かすカーテン」が、私はいまだに忘れられません。染め、刺繍、描画。ある部分は布にやすりをかけて透明感に変化をつけるなど、もてる技法とアイデアを詰め込んで、3ヶ月近くかけてつくったという、実に緻密な作品でした。試行錯誤しながらも、めざすものをつくりあげるまで努力を続けられる。その根気こそが、彼女の最大の才能なのかもしれませんね。